コンクリートは長寿命?
都市鑑賞家・八馬教授と見上げる
総武線高架下

/ 街角セメコン学

東京と千葉を東西に結ぶ総武線。高架橋の下は住宅や店舗としても利用され、インフラを担う巨大な土木構造物と人々の生活に身近に寄り添う建築がせめぎ合うことで、街に独特の表情を生み出しています。本連載「街角セメコン学」は、さまざまな偏愛を持つ街歩きの達人たちと共に、私たちの日常に溶け込むセメントを訪ね歩くフィールドワーク企画です。今回の案内人は千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授であり、都市鑑賞をライフワークとする八馬智さん。ライターの村田あやこさん(路上園芸鑑賞家)を聞き手に、森田楓菜さん(太平洋セメント総務部広報グループ)が付添人となって、約100年もの間、東京と千葉を結ぶ交通の大動脈としての役割を果たし続けている総武線の高架下を歩きながら、巨大都市・東京をつくるセメントとコンクリートの物語をたどりました。

▼今回の街歩きルート

「高架下建築」のおもしろさは、土木と暮らしのスケール差

今回の「街角セメコン学」は、浅草橋をすこし東に歩いた隅田川からスタート。川を渡る橋、高架下に入り込む暮らし、そして聖橋から見える都市の骨格へ。総武線沿いを歩きながら、いざセメントがつくる街の表情を読み解きます。

左から、ライター村田さん・八馬さん・太平洋セメント森田さん

村田あやこ(以下、村田):今日はここ隅田川のほとりから御茶ノ水まで、総武線の鉄道高架沿いを歩きながら、街に溶け込むセメントを探したいと思います。八馬智(以下、八馬):今日は見どころだらけですよ。戦前から存在する総武線の高架下は、場所ごとに「天井の高さ」や「柱の表情」が変わっていくんです。頭上に続く巨大なコンクリート構造物の下に、家や店といった小さな生活が入り込んでいるのもおもしろいところです。今日はそのせめぎ合いを、上と下を見比べながら味わっていきましょう。太平洋セメント森田(以下、森田):私たちが今いる出発点の隅田川ですが、ここから見える橋脚(きょうきゃく)の基礎にもコンクリートが使われていますね。でも、川の上では鉄橋に切り替わっています。

東京と千葉を結ぶ総武線が走る鉄橋

八馬:隅田川のように長い距離を通す場所では、基礎には重くて丈夫なコンクリート、橋自体にはコンクリートに比べて軽量な鉄、という使い分けが合理的なんです。村田:なるほど。足元はどっしり支えつつ、橋の上には軽い鉄を使うことで全体にかかる負担を減らす、ということですね。

土台をコンクリートで支え、その上に鉄橋が載っている

八馬:この使い分けの妙によって、総武線に隅田川をわたる橋ができたんですよね。東京へのアクセスが格段に良くなったので、千葉市民としては、ありがたい話です(笑)。ちなみに、今からめぐる高架のように長い距離を通さない橋では、コンクリートがメインで使われています。村田:高架といえば毎日のように見かける構造物ですが、こんなにじっくり、しかもセメントに着目して観察するのははじめてかもしれません。あらためてうかがいますが、セメントとコンクリートは別ものなんですよね?森田:そうですね。セメントは鉱山から採掘した石灰石を主原料にしてつくられている粉状の素材である一方、コンクリートはそれらに水や砂、砂利を混ぜた混合物。つまり、セメントはコンクリートの原料です。こうした高架の脚はまさに「コンクリート」製と言えますが、より細分化すれば「セメント」からできているとも言えます。村田:戦前から続く高架だと、当時のコンクリートが残っている可能性も......?八馬:おっしゃる通りですね。土木建造物は何世紀も先を見据えて設計されていますから。森田:コンクリートは頑丈で、100年以上の耐久性があると言われています。今日は当時のコンクリートが残っているかもしれないとのことなので、実際に見るのが楽しみです。

コンクリートの耐久性

鉄筋コンクリート住宅の場合、税法上において資産価値があると国税庁に認められる期間は47年だが、モノとしての寿命はさらに長い。適切な施工・メンテナンスを行えば100年以上はもつと言われている。

隅田川のほとりから線路脇へと進んだ先には、早速、「高架下建築」の数々が。

昔ながらの家屋が境目なく並ぶ浅草橋駅前

村田:高架下にはところどころ、お店や家が埋め込まれるように建てられています。八馬さんはこうした物件を「高架下建築」と呼んで紹介されていますよね。八馬:その前に、まず土木と建築のお話をしましょうか。一般的に、土木は建築と混同されがちですが、建築は人が使う空間そのもの、土木はその前段階を指します。つまり土木とは、人間のための空間だけでなく、交通や自然を整備するためのものなんです。村田:なるほど。土木は人の生活を支える土台の部分。建築とは目的が違うわけですね。八馬:そのうえで高架下建築がおもしろいのは、鉄道のためにつくられた大きな土木の中に、人が住む小さな居住空間が存在していること。スケールが違うもの同士が共存しているところに、マニアとしてはグッとくるんです。村田:よく見ると、建物によっては高架下の柱が家屋の柱を兼ねている場所もありますね。高架下という場所の条件に、建物がうまく合わせている感じがします。八馬:そうなんです。ほかにも建物の二階部分は、鉄道の都合で高さが決まっているから、通常の建築物よりすこし低い場合もあるんです。建築が土木にうまく寄り添っていますよね。森田:高架下建築の話を聞いていると、構造そのものや素材にも自然と目が向きますね。ふだんセメントの製造現場を訪れる機会はあっても、建材としてどのように使われているか観察する機会はあまりないので、新鮮です。こういう観点で見てみると、すごくおもしろいですね!八馬:セメントの最終的な姿を鑑賞するのも楽しいんですよ。

巻かれた鉄板は、街の"もしも"に備える印

よく見ると、柱に白っぽい板のようなものが

村田:コンクリートの柱に、なにやら板のようなものが巻かれています。これは鉄板でしょうか?八馬:おっしゃる通り。耐震補強ですね。鉄とコンクリートは構造的な特性が違うんです。専門用語で言うと、コンクリートは圧縮力(内側に押す力)に強いけれど、引張力(外側に引っ張る力)には弱い。反対に鉄は引張力に強く、圧縮力に弱い。お互いの強みを活かしあっているんですよね。村田:「基礎には丈夫で長持ちするコンクリート、橋自体には軽量で引張力のある鉄」と素材が使い分けられていた隅田川の橋と同じですね。八馬:まさにそうですね。さらに言うとセメントにもたくさん種類があったはず。一言にセメント言っても、その特性ごとに活躍できる場所があるんですよね。森田:その通りです。ちなみに、隅田川で見た橋のように水に浸かる構造物の土台部分には、高炉セメントという種類のセメントが使われていることが多いです。製鉄所で副産物として発生する高炉スラグを配合したセメントで、水や海水に強いという特徴があります。

村田:なるほど。もしかして100年前と比べると、セメント自体もアップデートされてきているんでしょうか。森田:そうですね。たとえば、セメント製造に使用できる廃棄物の量や種類が増えたことがセメントの長い歴史から見ても大きく変化している部分だと思います。都市ごみの焼却灰や下水汚泥を可能な限り多く含んだ原料で製造する「エコセメント」など、資源循環に対する取り組みは今もなお進化を続けています。加えて、生産性という点でも大きく進化しています。100年以上前の話にはなりますが、1900年代初頭には原料を焼成するための窯が「竪窯」から「回転窯」に代わり、品質・生産量ともに大きく向上したこともセメント産業において革新的な出来事ですね。

「回転窯(ロータリーキルン)」とは

セメントの製造工程では、はじめに石灰石と粘土、珪石、鉄原料などの原料と調合・粉砕したのち高温で焼成し、「クリンカ」と呼ばれるセメント生産の中間製品をつくる。その際、直径4m~6m、長さ60m~100m、最高温度が1450度にも及ぶ回転窯で焼成するのだが、この回転窯は通称「キルン」と呼ばれる。

見上げるほど、変わる高架下。「ラーメン橋」から「アーチ橋」へ

線路沿いに歩みを進め、一行は浅草橋駅へと到着。移動するにつれて高架の様子も変わり、屋根のように張り出す姿が見られました。

八馬:重量のある駅のホームを載せるために橋脚の上部分がせり出していますね。直線でも成り立つけれど、わざわざ曲線的なデザインにしているということは、外観も含めて、高架下の道路空間を豊かにしたいという気遣いなんでしょうね。森田:セメントは変幻自在に形を変えて頑強な構造物をかたちづくるという、大きな特徴を持っています。こうしたデザインが生まれるのも、セメントという素材ならではですね。八馬:まさにそうですね。コンクリートを流し込む型枠次第でどんなデザインにもできるのがセメントの強さです。

スタート地点では平屋をつくるのもやっとの高さが、秋葉原駅近くまで来るといつのまにか2階以上に

八馬:この先の秋葉原駅では、総武線が山手線や京浜東北線の上をまたいで通っています。そのため、ホームがやたら高いところにある。高架下の構造物も、秋葉原駅に向かうにつれてどんどん背が高くなっていきます。森田:確かにさっきよりもお店や住居の2階部分が高くなりましたね。八馬:実は、今まで見てきた橋脚の形にも名前があって、「ラーメン橋」と呼ぶんです。けっして麺のほうではないですよ。「ラーメン」とはドイツ語で枠を意味する言葉。高架下の天井が高くなるにつれ、橋桁(はしげた)*と橋脚が一体となった「ラーメン橋」から、丸みを帯びた弓なりの「アーチ橋」へと切り替わっていくところも見どころです。*橋桁......柱の上部に横たえられた部材。橋桁の上に床版(しょうばん)が設置され、その上を人や車両が通る。村田:アーチ橋ならではのメリットがある、ということでしょうか?八馬:線路の位置が高くなることでアーチ構造が選択できるようになると橋脚の数を減らすことができるんです。その結果、橋の下の空間がぐっと広くなります。

ラーメン橋は角を切り取ったような形が特徴的

ラーメン橋について語り合っていると、目の前に「アーチ橋」が出現。その名の通り、見事な曲線に八馬さんも惚れ惚れしています。

きれいなアーチを描く橋脚。その下は駐車場として活用されている

森田:これが先ほどお話されたアーチ橋ですか?八馬:そうです。このアーチは味わい深くて、天井を見ると元あった建物の間取りが転写されているのではないかと言われています。

見上げると、間取り図のようなものが

村田:本当だ! コンクリートという長く残る構造物だからこそ、土地利用の履歴も写し取られている。八馬:高架下建築マニアの間では「モンドリアン」と呼ばれています(笑)。村田:オランダ出身の画家ですね。黒い枠線で囲まれた赤・青・黄などの作画が特徴的な。

森田:アーチに施された小窓のような装飾もすてきです。八馬:見た目のこだわりからも、総武線のこの高架は重要な構造物とされてきたことが伝わってきます。

構造物の規模によってセメントの種類が変わる

ビルや高架といった規模の建設には、流通量の約70%を占める「普通ポルトランドセメント」、ダムや港湾などの大規模な土木工事には「高炉セメント」「フライアッシュセメント」「中庸熱ポルトランドセメント」などが使用されることが多い。

秋葉原駅の手前。アーチ橋とお店の側面の間に生まれた小さな路地へ、都市の裏側にもぐりこむようなワクワク感を抱きながら、実際に入ってみました。

八馬:うわあ、いいですね! 急に現れた都市の裏側。村田:まるで洞窟みたいですね。森田:壁が地層のようです。上のほうはネットが被せられていますけど、これはなんでしょうか。八馬:おそらくコンクリート塗装が剥離しないように、防護ネットで保護しているんでしょうね。

村田:もしかして、剥き出しになった部分は100年くらい前のセメント......?八馬:その可能性もあります。村田:歴史とロマンを感じます!

見えない場所で土を固める、縁の下の力持ち

高速道路の先に見える、秋葉原駅昭和通り改札口

いよいよ秋葉原駅に到着。高層ビルが立ち並び、"都会感"のある街並みになりました。

森田:昨年まで三重県の藤原工場に勤務していた私にとっては人生二度目の秋葉原です。八馬:秋葉原にはどういうイメージを持たれていますか?森田:うーん、アニメの聖地ですかね。八馬:僕の若いころは、電気街として有名でした。いずれにしても、昔からマニアの聖地ですね。

3人が話すその後ろの空間がちょうど船着き場があった場所

八馬:もっと遡ると、秋葉原の駅前には江戸時代に魚河岸(うおがし)があったとされ、船が溜まっている場所だったんです。その後、鉄道の引込線ができて物流の基地となり、戦後は電気街として発展していきました。森田:昔は運河があったんですか?八馬:そうなんです。かつて、江戸は水路の町でした。水路が鉄道とリンクしながら発展していったのでしょうね。森田:ということは、ここはそれを埋め立てた土地になりますよね。実は、東京のように埋立地が多い場所では、地震が起こった際の地盤沈下を防ぐためにも私たちの製品が使われているんです。村田:へー! どんな製品なんですか?森田:土と混ぜて地盤を改良する「セメント系固化材」です。八馬:土木工事でもときどき、地盤が悪い場所では、クレーンのような大きな重機を運び込む際に、固化材を使ってあらかじめ地盤を固めておくことがあります。村田:目に見える部分だけでなく、地下でもセメントは活躍しているんですね!森田:実は土ってどれも同じに見えて、場所ごとに結構性質が違うんです。固化材も、そんな土の違いに対応できるよう、成分や配合を変えたいくつもの種類があります。固化材を使用する場合、実際の現場の土をよく見て「これが合いそうだな」と種類を選ぶところが、普通のセメントと違っておもしろいなと個人的に思います。

固化材とは

太平洋セメントが製造するセメント系固化材は「ジオセット」という商品名で展開。土と混合することにより速やかに反応し、軟弱な地盤を固化、安定させてくれる。

石・レンガ・セメント――、都市の素材史

秋葉原駅の西側へ進むとすぐあらわれる万世橋。川の向こう側には、今は商業施設として活用されている旧万世橋駅の姿も。

八馬:万世橋の左岸側には地下水路があって、これは川が増水した際に水を流すバイパスなんです。東京は「水都」と言われるくらい、水が多い街。しかし、都市化に伴って土の露出が減ると、地面が吸収できる水の量も減ってしまいます。だからこそ、水位が上がった際の排水対策は死活問題なんです。村田:なるほどですね。あ、向こう側に見えるのは旧万世橋駅ですね? 煉瓦造がすてき!

煉瓦造の旧万世橋駅

八馬:かつては万世橋に隣接する駅として使われていましたが、駅が廃止されたあとは、しばらく鉄道博物館に。今はレストランなどが入る施設になっています。村田:旧駅舎ではレンガが主に使われているんでしょうか。八馬:最初はレンガがメインの構造部材でしたが、ところどころであとからコンクリートで補強しています。年季の入ったレンガを、コンクリートが支えているんですね。森田:レンガを組み合わせるときにも、接着剤の役割としてセメント・水・砂を混ぜたモルタルが使われています。八馬:それも重要なポイントですね。森田:セメントが日本に到来したのは幕末だと言われていますが、起源をたどればもっと古い素材だと言われています。八馬:古代ローマでもコンクリートが使われていたと言われています。セメントが都市を支える歴史は長いんです。

セメントの長い歴史

セメント産業は明治政府が主導する殖産興業の一環として発展。太平洋セメントも、前身の一社である小野田セメントが1881年(明治14年)に山口県小野田市で創業を開始した。ちなみにそのころ、セメントは漢字で「摂綿篤」と書かれていた。

変幻自在のセメントで彩られる都市

万世橋から見渡す景色には、東京を支えてきたさまざまな素材が溶け込んでいます。セメントは、こうした素材の中でも飛び抜けて変幻自在。「だからこそ、もやもやする宿命を持つ」と八馬さんは言います。

八馬:人工的につくった河川と、旧駅舎。向こうには総武線が見えます。いかにも「東京」という景色です。村田:いろんな時代の地層を感じます。石やレンガ、鉄にセメントと、都市を支えてきた素材が一堂に会していますね。八馬:その中でもとりわけセメントは変幻自在。鉄道を支える高架になったかと思いきや、地面の下で地盤を支えていたりもする。ただ、その自由度の高さゆえに、ひとことで「これこそがセメント」と言い切りにくいところがあるんです。姿かたちは型枠次第でいくらでも変わるし、使われる幅もとにかく広い。だから決まった"顔"があるわけではなく、その貢献度の割に気づかれにくい。そんなもやもやする宿命を持った素材だからこそ、僕はセメントが好きなんです。森田:たしかに、同じセメントでもコンクリートやモルタルになったり、使われ方もさまざま。だからこそ「これがセメントです」と一言では示しにくいのかもしれないです。その一方で、セメントは代替が利かない素材とも言われているんです。だからこそ、これからもずっと安定して供給できるかが大事になってきます。実は、セメントの原料となる石灰石は、国内自給率100%なんです。村田:そうなんですね! 太平洋セメントさんは、どういった場所から石灰石を採ってきているんですか?森田:地域ごとに採掘拠点となる石灰石鉱山があって、東京から近いところだと秩父の武甲山です。村田:埼玉県ですね。意外と近くて身近に感じます!

川の上にも、線路の上にも。セメントは都市をまたぐ

万世橋から外堀通りを歩き、ゴールの聖橋へと到着。東京を形づくる景色を前に、今回の街歩きを振り返りました。

森田:向こうを見渡す風景、いいですね。八馬:ここから見える川は、江戸時代につくられた人工河川です。河川をつくるときに出た土砂が、埋め立て材として日比谷などに運ばれていった。そうしてできた川の上に、今では地下鉄の丸ノ内線がひょっこり地上に顔を出して、そのさらに上を中央線と総武線が走っている。村田:東京という都市を形づくってきたものが可視化されているような風景ですね。八馬:江戸時代にきちんと都市がつくられ、その盤石なインフラが今の東京の基盤にもなっているんです。

八馬:「素材」という視点であらためてセメントがある風景を見つめてみると、まだまだ深堀りできそうだなと思います。環境に対する考え方は、この10年くらいで大きく様変わりしています。それがこれから街の表情にも現れてくるでしょう。今日はセメントを通じて、新たな街の見方をインストールしていただきました。

森田:いつも目にする高架下を新たな視点で歩くことで、壮大なスケールでセメントが使われていることがわかりました。我々がつくっているセメントが人々の生活を支えているのだということを、あらためて実感することができて良かったです。

村田:土木と建築というスケールの違うものが混ざりあいながら、街の表情が生み出されていくのだと感じました。今回も楽しい時間をありがとうございました!

隅田川から聖橋まで、総武線の高架下をたどりながら歩いてみると、セメントから生まれたコンクリートという存在が単なる「支える素材」ではなく、都市の時間そのものを抱え込む器として立ち上がってきます。セメントは、街の表情をつくる主役であると同時に、あまりにも自由度が高いがゆえに、変幻自在な脇役としても、都市のあちこちに溶け込んでいます。次に街を歩くとき、ふとビルや高架を見上げるだけでなく、足元や壁の肌理(きめ)、補修の痕にも目がいくはずです。セメントはいつも、見える場所と見えない場所の間で、静かに働いている。そう気づいた瞬間から、いつもの道がすこしだけ、深く見えてきます。

八馬智(はちま・さとし)千葉工業大学創造工学部デザイン科学科教授。専門は景観デザインなど。都市鑑賞者としてまちの見方を模索しながら、土木の魅力を伝える活動をしている。主な著書に『ヨーロッパのドボクを見に行こう』(自由国民社、2015)、『日常の絶景』(学芸出版社、2021)がある。ライター:村田あやこ カメラマン:加藤甫

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