開港以来、日本と世界を結ぶ玄関口として発展してきた横浜。その海辺には、石積からコンクリートへと続く、時代ごとの土木技術が幾重にも積み重なっています。本連載「街角セメコン学」は、さまざまな偏愛を持つ街歩きの達人たちと共に、私たちの日常に溶け込むセメントを訪ね歩くフィールドワーク企画です。今回の案内人は、土木の魅力を伝える活動に取り組むオフィスドボクの代表であり、土木技術者の鈴木三馨さん。ライターの村田あやこさん(路上園芸鑑賞家)を聞き手に、森田楓菜さん(太平洋セメント総務部広報グループ)が付添人となって、横浜港の海辺を歩きながら、近代化の歩みと港のレジリエンスを支えてきたセメントとコンクリートの軌跡をたどりました。
セメコンは港のヒーロー?
土木技術者・鈴木三馨さんとたどる
横浜港の旅
/ 街角セメコン学
船とセメントの、意外な関係
今回の「街角セメコン学」は、桜木町駅からスタート。日本丸メモリアルパークの石積のドックを眺め、万国橋を渡り、ハンマーヘッドや防災基地を抜けて、横浜港開港の地・象の鼻地区へ。開港以来、日本と世界をつないできた港町を歩きながら、セメントとコンクリートが支えてきた海辺の風景を読み解きます。
村田あやこ(以下、村田):今回の舞台は横浜みなとみらい。オフィスドボク代表・鈴木三馨さんをゲストにお迎えし、港の風景を支えるセメントとコンクリートを探訪したいと思います。鈴木三馨(以下、鈴木):横浜は、1859年の開港以来、日本の近代化を牽引してきた国際貿易港。歴史ある石積から現代の新しいコンクリートまで、さまざまなタイプの構造物が残っているんです。太平洋セメント森田(以下、森田):さっそく向こうのほうに、船が見えますね。鈴木:1930年に建造された大型練習帆船「日本丸」です。日本丸が浮かんでいるのは「ドック」といって、船の清掃をしたり点検をしたりするための場所ですね。
村田:大きなプールのようですね。この巨大なドックを支える壁は......石積とレンガでしょうか。鈴木:サイズの揃った大きな石が使われた、贅沢な石積ですよね。
村田:ドック建設当時は、石やレンガが主な素材だったんですか?鈴木:そうですね。当時の横浜は東京にいちばん近い、日本の表玄関。一級品の美しい石をたくさん集めて「外国からかっこよく見られたい」と、見栄えも意識したんだろうと思います。村田:では、当時はまだセメントはあまり使われていなかったんですね。森田:石と石の間の目地には、接着剤のような役割でセメントを主原料としたモルタルが使われているんです。村田:セメントも当時から素材として活躍していたんですね!森田:はい、セメントのルーツはいまから9000年前にさかのぼると言われているほど、歴史がある素材なんです。はじめて日本国内でセメントがつくられたのは1875年なのですが、それまではヨーロッパなど国外からの輸入に頼っていました。着工時期によっては、セメントは高級品で、石のほうが安価で手に入りやすかったのかもしれません。鈴木:日本にはもともとお城をつくる技術があったので、石切場が豊富で高い技術力を持った職人さんがたくさんいたという背景もあるでしょうね。
村田:構造物がなにでつくられるかは、素材のもつ特性で決まるのではなく、供給のしやすさや、その素材を扱う技術者が確保できるかどうかも影響しているのですね。ちなみにコンクリートと石積では、強度はどれくらい違うんでしょうか?鈴木:石積は、石自体の種類で強度が変わるので一概には言えませんが、コンクリートは、水とセメントの割合によって強度を変えられるという特徴があります。森田:基本的には、セメントに対して水の量が少ないほど、固まったときの強度は高くなります。先ほど見た石積の目地のように、細いすき間に行き渡らせたい場合は、あえて水を多くして施工しやすくすることもあるんです。村田:強度を変えられるのは便利ですね。あ、すぐそばに横浜ランドマークタワーが見えてきました。
村田:すごい、壮観ですね! 神殿みたいです。鈴木:実は石積のドックをこんなふうに一般公開しているところは、世界的に見てもかなり珍しいんです。村田:建設された時期は明治時代とのことですが、当時のセメントは、今と比べて原料に違いはあるんですか?森田:基本的には同じですが、現在のセメントには廃棄物を再利用しているのが、明治時代とは大きく違う点です。村田:より環境に優しい形にアップデートされているんですね。森田:ちなみに、セメントの運搬にも船が使われています。基本的にセメントは、工場でつくられたあと、トラックや「セメントタンカー」と呼ばれる専用船で「サービスステーション」と呼ばれる中継基地へ運ばれます。そこからさらに、生コン工場や建設現場など、必要な場所へ届けられていくんです。鈴木:セメントがコンクリートになったあとにも、船は活躍するんですよ。建設現場へコンクリートを運ぶ際には、コンクリート製品工場であらかじめ成形した「プレキャストコンクリート」の状態で持っていき、現場で組み合わせる場合があります。コンクリート製品は重いので、船で運搬するのが便利なんです。
プレキャストコンクリートとは
建設現場で生コンクリートを流し込んで固めるのではなく、あらかじめ製品工場で型枠を使って製造されたコンクリート部材。設備の整った工場内で製造されるため、天候に左右されず、強度や品質にばらつきがない。現場での型枠組み立てや乾燥(養生)にかかる時間が不要なため、大幅な工期短縮が可能となる。
塩害と戦う、海辺のコンクリート
ドックを一通り見学したあとは、次の目的地である万国橋を目指してさらに海辺へ向かいます。その道中、コンクリート製の見事な陸橋を見つけ、一同は思わず足を止めます。
村田:幹線道路をまたぐように、コンクリート製の立派な陸橋がありますね。
森田:陸橋自体も、角に丸みがあってきれいな形状ですね。鈴木:表面の型枠跡から判断するに、おそらく現場で型枠にコンクリートを流し込む「現場打ち」でつくられたのでしょうね。角部に丸い材料を用いることで角に丸みを持たせることができます。先ほど話題に出たプレキャストコンクリートを使わない工法です。村田:現場ではどのようにつくっていくんでしょうか。鈴木:鉄筋などで型枠を組み立てたあと、生コン車で運ばれてきたコンクリートを型枠内に流し込んでいきます。その後、締固めといってコンクリート内の不要な空気を抜いたのち、コンクリートに十分な強度が出るまで、定期的に散水したり、シートで覆うなどして保護します。そして最後に、型枠を外します。村田:水を撒くことでどんな効果があるんでしょうか?鈴木:散水すると、セメントと水が混ざることで起きる「水和反応」が促されて硬化します。しっかり水和反応をさせないと、強度が弱くなるだけではなく塩分が侵食しやすくなってしまいます。コンクリートが十分な強度になるまで保護することを「養生」というのですが、養生は、いいコンクリートをつくるためには大事なステップ。良い構造物には、材料だけでなくつくり手のこだわりも大事なんです。村田:塩分の侵食というお話が出ましたが、こうした海に近い場所では、街なかと比べて、どのような配慮が必要でしょうか?鈴木:海に近い場所では「塩害」といって、コンクリートの表面から塩分が侵食し、内側の鉄筋を錆びさせてしまうことがあります。それにより鉄筋は錆びると膨張するので、コンクリートがひび割れることがあるんです。
村田:なるほど。海辺にあるセメントやコンクリートは潮風にさらされますしね。鈴木:鉄筋を用いることで、コンクリートを使った造形の自由度と強度は格段に向上しました。でも、それと同時に鉄筋が錆びるリスクを抱えてしまったんです。コンクリートはアルカリ性のため、鉄筋を錆から守るバリアになっているのですが、塩分はこのバリアを破壊してしまう大敵です。森田:鉄筋を守るという意味でも、コンクリートでしっかり隙間なく固めておく必要があるんです。高炉セメントは水密性に優れ、化学反応でしっかりとくっついて高密度になるので、塩分や液体がコンクリートの内部に侵入するのを防ぐ効果が高いです。村田:だから高炉セメントは、ダムや橋脚といった水に触れる場所に使われることが多いんですね。港湾構造物では、強度と耐久性のどちらが優先されるのでしょうか。鈴木:どっちもですね。強度は「壊れにくさ」、耐久性は「長く使えるか」を示す指標です。ただしコンクリートは強度が高いほど耐久性も高くなる傾向があります。港湾構造物のようなインフラには、50~100年程度と長期の耐久性が必要とされます。地震や津波などへの対策はもちろんのこと、海水という大敵に対して長期にわたって劣化の進行を食い止める対策も重要なんです。森田:ちなみに高炉セメントは100年以上前から存在していて歴史が長いんです。もしかしたら横浜の古い構造物にも使われているかもしれませんね。
高炉セメントとは
鉄を作るときに発生する副産物「高炉スラグ」を混合したセメント。高炉スラグが持つ水と混ぜることで化学反応を起こして硬化する「水硬性」が長期にわたって発揮され、塩害(海水・潮風)に強く、橋脚・港湾などの施工によく使用される。
美しいだけじゃない、コンクリートアーチのひみつ
橋脚を離れ、すこし歩くと海の上を通る遊歩道に出ました。明治時代の線路跡地を利用して整備された「汽車道」です。
村田:「汽車道」にやってきました。鈴木:昔、ここには貨物を運ぶための鉄道が通っていました。その廃線の一部が「汽車道」として残されています。ちなみに桜木町駅は、かつての横浜駅。日本でいちばん古い鉄道駅なんです。港があるから、こうした交通網がいち早く整っていったのでしょうね。村田:まさに世界と日本をつなぐ玄関口だったんですね。向こうのほうに「万国橋」が見えてきました。鈴木:1904年に完成した橋です。万国の通り道ということで、「万国橋」と名付けられたそうです。現在の万国橋は、実は2代目。1代目はデザイン性の高い弓形の鉄橋でしたが、1940年につくられた2代目から鉄筋コンクリートアーチ橋になりました。
村田:アーチ型の橋にはよくコンクリートが使われているのでしょうか?鈴木:万国橋のようなアーチ型の橋では、上からかかる重さがアーチの曲線に沿って左右の土台へ分散して伝わっていく構造なのですが、その際に押しつぶす力(圧縮力)が働くんですよ。コンクリートは圧縮力に強い素材のため、こうしたアーチ橋との相性がよく、丈夫で安定した橋をつくることができるんです。さらに、コンクリートは様々な形に成形できるという特性も持っているので、美しいアーチのフォルムを作ることができます。万国橋は映画やテレビなどの映像作品にも登場しているんですよ。村田:なるほど。美しいだけではなく、ちゃんと力の流れにかなったかたちなんですね。よく見ると両脇は石積で、アーチの部分だけがコンクリート製になっています。鈴木:そうなんです。両側の「橋台」は昔のものが残っています。真ん中のアーチの部分がコンクリートになりました。
村田:万国橋の上から景色を見渡してみると、横浜が昔から海外との接点を持ってきた港町なんだと、あらためて感じますね。森田:そうですね。セメントも明治期などの昔は海外から輸入されていた素材ですが、今では日本で使用されているセメントはほぼ純国産で、海外に輸出もしている状況です。また、太平洋セメントグループは海外にもセメント生産拠点を持っていて、アメリカに4つ、アジアに3つの工場があり、環太平洋地域を中心にセメント貿易も行っているんです。村田:アメリカに4工場も!森田:はい、アメリカは国土が広く、道路や橋、住宅などの建設需要が旺盛なので、セメント需要も高く、実はセメント輸入国でもあるんですよ。
災害時の液状化を防ぐ、港に不可欠なセメント
万国橋から、大型客船のターミナルにつくられた商業施設「横浜ハンマーヘッド」へ。海沿いのテラスにくると、施設のシンボルでもある大きなクレーンが迎えてくれました。
鈴木:名前のとおり、ハンマーのようなかたちをした「ハンマーヘッドクレーン」。その向こうに見える桟橋はコンクリートでつくられています。あ、見てください! 桟橋を支える脚の部分はハの字型になっていますよね。あれは「ジャケット式」と呼ばれる耐震補強です。まっすぐな杭だけで支えるのではなく、鋼管を三角形に組んだ骨組みで杭のまわりを補強することで、少ない杭でも安定しやすく、耐震性を高めることができるんです。
村田:コンクリートを支える構造物にも工夫があるんですね。海に面した場所では、やはりコンクリートが活躍する場面も多いのでしょうか?鈴木:そうですね。港湾施設では、波や船から受ける力や衝撃に耐えられる強さが必要ですし、沿岸の曲線に合わせて形をつくりやすいことも大切です。強度と柔軟さを確保できるコンクリートは、海沿いの構造物と相性がいいんです。湾岸施設といえば、すぐそばには海上防災基地がありますね。村田:防災基地とは、どのような場所なんでしょうか。鈴木:災害があったときに被災者の救援活動を行うための拠点です。大きな地震が起きても機能を失わないよう、護岸や地盤などにも耐震性を高める工夫がされています。地盤強化の面では、セメントが使われることがありますよね。
森田:そうですね。地震が発生した際、沿岸部の埋め立て地など、地盤が弱い箇所では液状化現象が心配されると思いますが、そういった現象を防ぐために、太平洋セメントには「ジオセット」というセメント系固化材の製品があります。土と混ぜることで、地盤を固めるんです。村田:セメントはコンクリートのイメージが強いですが、土に混ぜて地盤を強くするといった面でも活躍しているんですね!森田:ほかにも災害という点では、災害廃棄物がセメントに使われることもあります。セメント自体の原料として使われているほか、セメントを製造する際の熱エネルギーの代替として使用されます。実際に東日本大震災の際にも、当社の大船渡工場は、被災地の瓦礫をセメントに再資源化し、生まれ変わったセメントでまちづくりに貢献してきました。村田:瓦礫を受け入れ、その瓦礫をまた復興に役立てることができるんですね。森田:最近では2024年に能登半島地震が発生した際に、木くずなどの災害廃棄物を受け入れ、セメントに再資源化しました。当社グループではこれまで100万トン以上の災害廃棄物をセメントへと再資源化しています。村田:災害から立ち上がるためにも、セメント工場は大きな役割を担っているのですね。
象の鼻の曲線に、港を守る知恵がある
海上防災基地を横目に、さらに歩みを進めます。近代的な港湾施設の先に見えてきたのは、横浜港が開港した当時から、港を守ってきた象の鼻地区です。
鈴木:あ、向こうを見てください。今回の街歩きのゴールである象の鼻防波堤が見えてきましたよ。
村田:象の鼻地区はどういう場所なんですか?鈴木:横浜港が開港した1859年に、本格的な波止場として整備された場所です。1867年に湾曲した防波堤も築かれ、そのかたちが象の鼻に似ていることから象の鼻防波堤と呼ばれるようになりました。当時は大型船を岸に直接つけることができなかったので、沖に停泊した大きな船から小さな船に荷物や人を移し替え、ここまで運び入れていました。村田:名前の通り、上から見ると象の鼻みたいなかたちなんですね。鈴木:まっすぐな堤防だけでは、波の入り込みを十分に抑えられないんです。象の鼻のようにカーブをつけることで、外から押し寄せる波の力を受け止めたり、分散させたりしながら、堤防の内側の水面が穏やかになるよう守っているんです。一般的に防波堤には、ふだんの波を抑えるだけでなく、津波や高潮などによる港への影響をやわらげる役割もあります。
村田:波を防ぐ構造物には、やはりコンクリートが向いているのでしょうか?鈴木:向いていますね。防波堤や護岸には、波の力に耐える重さと強さが必要です。コンクリートは強度も高く重量も大きいので、波に押されても動きにくい。さらに、現場で型枠に流し込んで所定の形状を作り上げるだけではなく、大型の部材を工場で製作することもできるため、場所や用途に合わせた構造物をつくりやすいんです。実は象の鼻防波堤のさらに向こうの海上にも、北水堤、東水堤という堤防があるんですよ。村田:海上の防波堤に、象の鼻防波堤に。二重で波をブロックしているんですね。鈴木:そうですね。安全な荷役や船の停泊のために、波浪を防ぎ港内を穏やかに保ってくれています。村田:こうした防波堤や護岸には、施工当時のセメントが今も使われているものもあるのでしょうか?
森田:場所によりますが、明治期から大正期につくられた構造物の中には、当時のセメントが残っているものもあります。もちろん、そのままなにもせず使い続けているわけではなく、点検や補修を重ねながら、今の保全基準に合わせて維持されているんです。鈴木:港の構造物は、つくって終わりではありません。波、潮風、地震などの影響を受け続けるので、状態を見ながら補修し、必要に応じて更新していくことが大切です。
セメントが支える、港のレジリエンス
象の鼻地区で足を止め、港の先に広がる海を眺めながら、今回の街歩きを振り返ります。石積のドックから防災基地、防波堤まで、横浜の海辺にはさまざまなセメントとコンクリートの姿がありました。
村田:前々回の文京区本郷、前回の総武線沿線の浅草橋や秋葉原は街なかでしたが、今回は海沿い。まったく雰囲気が違いましたが、探訪してみていかがでしたか?森田:街なかだとアスファルトが目立ちましたが、港は見渡す限りさまざまなコンクリートで支えられているのが印象的でした。
鈴木:港湾近くでは、船から荷物を運んだりする際に、路面にかかる荷重が大きいんです。荷重を受け止められ、かつ維持費が抑えられるコンクリートが多く使用されています。森田:これまで石積とコンクリートの違いについてパッと見では判断できませんでしたが、鈴木さんの話を聞きながら「ここは石積だな」「コンクリートだな」と、より違いが分かって勉強になりました。鈴木:私も、都市は本当にセメントに支えられているんだと実感しました。それに、コンクリートだけではなく石積やレンガの目地にもセメントが使われていたことを、あらためて意識しましたね。水と砂利、砂を混ぜ合わせていろいろな姿形をつくれるのがセメントのよさ。セメントの素材開発やコンクリートの施工技術の発展とともに、セメントの使われ方が変化していく時代の転換を感じました。
村田:日本の玄関口として、長い年月都市と港を支えてきたセメントとコンクリートに、思いを馳せながら歩くことができました。ありがとうございました!
開港の時代から、港のかたちは少しずつ変わってきました。けれど、街や暮らしを支えてきたセメントとコンクリートの上に、いまの私たちの生活や文化が重なっていることは変わりません。港の風景をたどることで、近代化の歩みも、港を守るための知恵も、日々の暮らしや文化を支える土台も、横浜の街のあちこちに息づく"セメコン"から見えてきました。
鈴木三馨(すずき・みか)土木技術者。博士(工学)、技術士(建設部門)。コンクリート診断士。コンクリート主任技士。横浜国立大学大学院工学府社会空間システム学専攻修士課程修了。現在は会社員のかたわら、オフィスドボク代表として、土木の魅力を伝える活動にも取り組んでいる。2024年からは横浜国立大学非常勤講師を務める。『土木偉人かるた』の企画・製作、土木をテーマとした初の弁論大会「全国土木弁論大会」の企画・運営にも携わった。ライター:村田あやこ カメラマン:Hide Watanabe